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残念だけど、「コンテクスト」がなければ「コンテンツ」は伝わっていかない。

佐村河内さんのゴーストライター事件が最近のニュースを賑やかせています。ニュースそのものにもいろいろと思うところはありますが、ちょっと違う角度で思った事を書きます。

先に結論から書いてしまうと、「結局世に受け入れられるのはコンテンツではなくコンテクストなんだな」ということ。

「コンテンツ」と「コンテクスト」

コンテンツというのは直訳すると「中身」。作られた作品なり成果物なり、そういったものです。この場合は佐村河内さんが作った(とされていた)曲の事をさします。

一方、コンテクストとは、これといった訳語はないのですが、そのコンテンツが生み出された背景やストーリーなど、その文脈や行間のようなものをさします。

具体的には

  • コンテンツ⇒「交響曲第一番 HIROSHIMA」という楽曲
  • コンテクスト⇒被ばく2世で全聾の作曲家が、平和の祈りを込めて作曲した

ということ。このコンテクストに興味を持って楽曲(コンテンツ)を耳にした、という人はきっと少なくないのではないかと思います。

今回の事件では、このコンテクストがウソだったという事になりますが、だからといって生み出されたコンテンツそのものが何か別なものに変わる訳ではありません(ほんとはこのあたり、書きたい事はたくさんありますが本題からズレるのでこのぐらいにしておきます)。

このコンテンツとコンテクストの関係ですが、これは他のニュースでもたくさんこの関係性が見られます。たとえば最近のニュースで顕著だったのはこれです。

  • コンテンツ⇒万能細胞「STAP細胞」が世界で初めて作られた
  • コンテクスト⇒30代の「リケジョ」がプライベートも犠牲にして研究をしている

こちらはどちらも真実な訳ですが(「リケジョ」という呼び名はさておき…)、やはり世間で騒がれているのは「STAP細胞」そのものよりも、研究者である小保方さんのプライベートの方でした。ぶっちゃけ、もしこの研究者が普通のおじさまだったら、ここまでニュースで大きく取り上げられていなかったであろうことは想像に難くありません…。

つまり…

たとえコンテンツがどんなに優れていても、そのコンテンツが世に広がっていくためにはコンテクストが必要。

という事ではないかと思います。コンテンツを作っている身としては、コンテクストの大事さをあらためて思い知らされる事件だったな…という印象を個人的には持っています。こうした関係性を気にしながらニュースを見てみると案外面白いかもしれません。


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投稿者:

よしだ

よしだ

Webプロデューサー、レッスン&セミナー講師、マーケティングコンサルタント。ときどきカメラマンとしても活動。

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